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良き所有者としての責務

GALLEGO DESPORTES / CHEMISE EMANUELLE / 34,000+tax

近年のアパレルウェアの消費動向として、「自分が着た後に売れるかどうか」を見据えて買い物をする人が増えているといいます。その目の前の物の純粋な良し悪しよりも、総合的なコストパフォーマンスの高さがより尊重するべき価値指標となっている現実に、現代を生きる一人の人間として私は少々ついていけていないような心持になってしまいます。

「購入した服を自分だけで楽しんだ後、誰にも譲らずに消費して捨ててしまうことよりはエコな考え方ではないだろうか」という声も聞こえてきそうな気はしますが、では、そもそも自分が心底惚れ込んでもいない服であって、先々のその服の価値に目の前での購買行動を左右されてしまうほどの物ならばいっそのこと買わずにいる方が良いのではないでしょうか。それ以前に、洋服の行末などというものはきっと洋服自身が勝手に決めてくれるはずなのであり所有者が決定する権限すら持ってはいないはずなのです。

GALLEGO DESPORTES / CHEMISE 29 / 32,000+tax

昔、新卒で勤めはじめたアパレルの会社の先輩にGALLEGO DESPORTESのスカートを譲っていただいたことがありました。その先輩はきっと、誰かに譲ることや、自分が着た後の洋服の行末など考えてもいなかっただろうと、そのスカートを着る時はいつも考えています。

洋服のその後の行先など考えずに、痛むことも厭わずに、大切に沢山履かれた後の生地の表情がそこにはあります。密な織のコットンが柔らかくなった肌触り、自然に変化していったピーチスキンのようにふんわりと起毛した表情を持つ一着を差し出された私は、二つ返事でそれを有り難く頂きました。その時その先輩はスカートを大切に持つ責務のバトンを、私に譲ったのだと思います。

洋服の行末は洋服自身が決めてくれます。それを、良き道に導く責務は、服の所有者にはありますが、先ほども書きました通りその決定権は、我々所有者にはないはずなのです。良き所有者であったならば、洋服はずっとその人の手元にあるだけで、仮に良き所有者となれないならば、洋服自身が自然と期を見て手元から離れていくだけのことです。その行き先を、良き先にすることだけは我々所有者が責任を持って見守り続けなければいけないなと思います。(守屋)

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非日常でないからこその

VINCENT JALBERT / CAMISOLE LACE SHORT / 130,000+tax

特別なシーンのための服ではない日常のための服ではあるけれど、少し特別感のある憧れの一着を手にした時の話です。そんな服を手にしたとき、人は誰しもそれに分相応であるべく自分の人間味を意識せずにはいられなくなるものですが、それと同時に、手にした喜びや嬉しさ、温かな空気が自分の身体の中に流れてくるような感覚、ふわふわと心だけどこかへ飛んでいってしまいそうな浮遊感をおぼえた経験がある方も少なくないはずです。

そうして手にした憧れの一着を身に纏って初めて出かけるときは、普段の生活の範囲ではあるにしても例えば楽しみにしていた食事の予定がある日であったり、家族と久しぶりに過ごす休日であったり、もしかしたら自分の子供の大切なイベントの日であったりと、ちょっとした思い出に残る出来事が予め設定されている日であることが多いと思います。

そんな、疑う余地なく思い出に残る日のことであったとしても、そのとき何を身に纏っているかということだけでその思い出のリアルな感覚であったり純度や温度というのは変わってくるもので、そのときにふわふわと高揚感をもたらしてくれる特別な一着を着ていたならば、その日の出来事は、その洋服の手触りと共に高い純度を保って長きにわたり自身の心の中に密閉保存されていきます。

そして更に言うならば、それは思い出に残るほどでもない当たり前の日常であった日にも同じ現象をもたらしてくれるもので、ふわふわと高揚感をもたらしてくれる服というのは、何気ないある春の日に、それを身に纏っていた自分とその隣にいた人の温度や姿を合わせて記憶し記録し、特別な思い出の日に仕立てておいてくれるのです。非日常でないからこその、素敵な思い出をきっと届けてくれるはずです。(守屋)

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創造のいれもの

STUDIO KETTLE  / The Fisherman Painted / 19,000+tax

創造とは、目で見たり耳で聞いたり、手や肌で触れる様々な事象や現象と、その当事者の心象とを出会わせることです。そうして生まれた創造物は、その当事者の身体を「いれもの」として熟成されることもあれば、出現したと同時に「いれもの」から外へと飛び出すこともあります。

熟成させるためにはそれに適した「いれもの」がもちろん必要となるわけで、また、勿論のことですが「いれもの」の状態によってその熟成具合は変化します。それはちょうどお酒やチーズが、その置かれる環境や季節によって変化の具合や出来上がる味が変わっていくようなものです。そして熟成には適していない「いれもの」もあり、鮮度のあるうちに外へと表出させた方がいい場合もあります。

STUDIO KETTLE / The Cap Waxed / 15,000+tax

おそらくSTUDIO KETTLEの創造によって生まれたこれらの帽子たちは、上記の熟成の期間を経ることなく、出現したと同時にそのフレッシュさを保ったまま外に飛び出してきたものの例に含まれるであろうと思います。熟成による滑らかな口当たりや奥深い旨味というよりは、フレッシュで爽やかな香りと、ストレートに伝わる素材自体の持ち味を存分に活かしているように感じるからです。

更に言うならば、その創造のために吸収された事象や現象や彼らのうちに起こっている心象は今にしか存在しない物事であり、今の彼らの持つ「いれもの」は今にしか存在しません。そうであるからこその唯一無二性の創造物が、ここにこうして生まれているのです。今後彼らが熟成に適した「いれもの」を得た時には、今の創造によるような鮮度のある味や香りを味わうことは許されないのではないでしょうか。

ただ、その時にはまた今とは全く異なる事象や現象が心象と重なりあって、その時にしか出来ない創造が為されているのだろうと思います。そして、それが最適な「いれもの」の中でじっくりと熟成された時には、またその時にしか味わうことの出来ない唯一無二の創造物が誕生しているのだろうと思います。(守屋)

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捉えることができる

CASEY CASEY / OLI COAT-COT 140 / 140,000+tax

服が服としてそこにあるそのままの姿や、ファッションを楽しもうとする意識の下でファッションツールとして身に纏われる服の姿ではなく、そこにファッション意識の有無にかかわらずそれを誰かの生活の中で身に纏われている時の服の姿というものは、我々のようなファッションを生業とする立場の人間だけが捉えることができる姿ではないでしょうか。

例えばCASEY CASEYの服というのは、今の気分を反映するようなリラクシーなサイジングやシルエット、素材の妙、そして洗いをかけたことで生まれる豊かな表情が魅力なわけですが、それらは均一化された価値尺度に則って述べられる感想であり、ある程度ファッションが好きなおおよその人々にはこの言葉が指し示す洋服の姿を捉えることは難しいことではないはずです。

ただそれを、どんな人が身に纏うべきなのか、それを身に纏った人の生活がどんな様子であるのか、その人の生活のどんなシーンでそれらの服たちが着られているのかという部分に目を向けられる人はほとんどいないでしょう。控えめに言ってもその想像の範囲はあくまで「自分が」という主語の下でのシーンを越えていくことはなかなかないはずです。

そこに存在する服をただ服として捉えるだけでなく、その服の未来の姿やあるべき姿、それが着られるべき人物の生活や「その生活に潜り込んだ服の姿」というものを、我々は捉えることができます。それは数多くの人の生活を見聞きし、そこに見合う服を見繕い、その後その人と共に生活をした洋服の姿を見守ってきた我々だからこそ、捉えることができる姿なのだと思っています。(守屋)

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不自由のなかに表れるセンス

R&D.M.Co- / FLOWER MATELASSE BOLERO / 46,000+tax

大人になればなるほど纏う服というのはオケージョンとの関わりをより強め、それは必然になり、そのチョイスはより高度技術を要しながらもよりセンスを明確に表現するものになります。そしてオケージョンという制約がある上で服を選ぶこと、纏うことの楽しさは以前にも増してより大きなものへと広がっていくように思います。

学生の頃は出かける先も限られており、そしてそれはほとんど全く制約のない場所への外出ばかりで、そのために選ぶ服には自分の単純な「着たい」という気持ちだけを込めてもさして問題はなかったのではないでしょうか。私自身、就職活動でスーツに身を包んだ時が、それまで生きてきた人生のうちで最もオケージョンたるものを意識した場面だったかもしれません。そしてその時、纏うものに自分を表現しきれなかった、いつもと同じ自分でいられなかったと感じた何とも言えない心許なさは強く心に残りました。

しかしながら洋服に関わる仕事をする上でも、歳を重ねてみると仕事関係者との会食の場面があったり、洋服業界以外の業界の方との商談があったり、冠婚葬祭の場に出席する回数も増えたり、自分の「着たい」気持ちだけで纏うものを選ぶことが出来ない場面が増えました。そうしてみて感じたことは、オケージョンに合わせてという制約下だとしてもそこには確かに「自分自身での選択」が必要とされ、そして制約のある中で選ぶことはより自分のセンスを問われるのだということです。

普段の自分のスタイルではない着こなしを要する場面に、普段の自分の洋服をもってしてどのような着こなしをすることで正解を導き出すのかという問題は、きっと経験の浅い時には楽しさを見出せず苦労だけを伴うものと感じていたのでしょう。そしてどう足掻いても不正解しか導き出せなかった自分に対して「こんなはずじゃなかった」という気持ちを正当化するために、それを嫌悪感という感情に置き換えていたのだと思います。

オケージョンという制約下においても自分らしくいられる洋服の着こなしを導き出す方法を、ある程度歳を重ねながら経験によって学び、そこによりセンスが問われることに気づき、だからこそその洋服の選択に楽しさを見出し、そしてそれを自分の想像通りに着こなせた時の楽しさを知り、更に洋服を纏うことの面白さを知りました。そうした道のりの先には、「あんな場面で着こなしてみたいな」という想像をもって買い物をするというまた新しい楽しさを見出す道がつながっています。(守屋)

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