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不自由のなかに表れるセンス

R&D.M.Co- / FLOWER MATELASSE BOLERO / 46,000+tax

大人になればなるほど纏う服というのはオケージョンとの関わりをより強め、それは必然になり、そのチョイスはより高度技術を要しながらもよりセンスを明確に表現するものになります。そしてオケージョンという制約がある上で服を選ぶこと、纏うことの楽しさは以前にも増してより大きなものへと広がっていくように思います。

学生の頃は出かける先も限られており、そしてそれはほとんど全く制約のない場所への外出ばかりで、そのために選ぶ服には自分の単純な「着たい」という気持ちだけを込めてもさして問題はなかったのではないでしょうか。私自身、就職活動でスーツに身を包んだ時が、それまで生きてきた人生のうちで最もオケージョンたるものを意識した場面だったかもしれません。そしてその時、纏うものに自分を表現しきれなかった、いつもと同じ自分でいられなかったと感じた何とも言えない心許なさは強く心に残りました。

しかしながら洋服に関わる仕事をする上でも、歳を重ねてみると仕事関係者との会食の場面があったり、洋服業界以外の業界の方との商談があったり、冠婚葬祭の場に出席する回数も増えたり、自分の「着たい」気持ちだけで纏うものを選ぶことが出来ない場面が増えました。そうしてみて感じたことは、オケージョンに合わせてという制約下だとしてもそこには確かに「自分自身での選択」が必要とされ、そして制約のある中で選ぶことはより自分のセンスを問われるのだということです。

普段の自分のスタイルではない着こなしを要する場面に、普段の自分の洋服をもってしてどのような着こなしをすることで正解を導き出すのかという問題は、きっと経験の浅い時には楽しさを見出せず苦労だけを伴うものと感じていたのでしょう。そしてどう足掻いても不正解しか導き出せなかった自分に対して「こんなはずじゃなかった」という気持ちを正当化するために、それを嫌悪感という感情に置き換えていたのだと思います。

オケージョンという制約下においても自分らしくいられる洋服の着こなしを導き出す方法を、ある程度歳を重ねながら経験によって学び、そこによりセンスが問われることに気づき、だからこそその洋服の選択に楽しさを見出し、そしてそれを自分の想像通りに着こなせた時の楽しさを知り、更に洋服を纏うことの面白さを知りました。そうした道のりの先には、「あんな場面で着こなしてみたいな」という想像をもって買い物をするというまた新しい楽しさを見出す道がつながっています。(守屋)

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