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安定と不安定の間に感じるもの

Phlannèl / Cotton Silk Viyella Skirt / 36,000+tax

人間は本質的に、自然界にある有機的なかたちを成すものに対して安らぎや心強さを感じる生き物であるはずです。不規則にやってくる波の音には、母の手に抱かれた子供が感じるそれのように温かな安堵を感じたり、木々が自然に自由に生い茂って出来た木漏れ日には独特の美しさを見出したりするものです。

また、地球上には角や直線を伴うものが存在していたとしても経年、風化によって角は取れ、究極的には球に近づいていきます。自然の中には球体に近いかたちのものが多いことから、私たちは円を成すものにも安定を感じることが多いはずです。

一度、それらの円形が揺らぎを見せたとき、例えば丸い湖の湖畔が波立ったときなど、その無作為的な動きに自然を見出し美しいと思うのか、あるいは安定の壊滅による不安感を抱くのかは、それぞれの人のその時の感情に依拠することも大きいのだろうと思います。長い梅雨を超えて束の間の夏に歓喜した人が多かったことも同様に、自然界が私たち人間に与える影響というのは非常に大きなものがあります。

ぽつりぽつりと小さなドットを描くように配された小紋柄の美しいスカートが揺らいでそのドットが曖昧な表情を見せたその時、私たちはそれらに何を感じるのでしょう。(守屋)

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オリジナルストーリーを大切に

Le Yucca's / Ghillie Shoes for womens / 118,000+tax

BLOOM&BRANCHのお店で働き始める前、別のお店で見て気になって、欲しくて欲しくてどうにか手にしたのがLe Yucca'sのギリーシューズとの出会いでした。その頃はまだ若くて他にもたくさん欲しいものがあって、そんな私にとってはなかなかに高価な買い物でした。

Le Yucca'sを履き始めて半年か一年くらい経った頃、BLOOM&BRANCHでも取り扱わせてもらえることになりました。自分の好きなものと、自分が好きで働いているお店の共通点がまた一つ増えたことがとてもとても嬉しくて誇らしくて、たくさんの人におすすめしていたのを覚えています。

Le Yucca's / U-Tip Shoes for men / 124,000+tax

希少でなかなか手に入らないという類のものはこの世界にはほとんどなくなりました。どれだけ遠く離れた国のものであっても大抵のものは日本にも輸入されていますし、されてなかろうと、インターネットで探して取り寄せるということも難しくない時代になりました。Le Yucca'sも今では取り扱う店舗も昔に比べれば多くなってきたのかなと思います。

「ここにしかないもの」からは少し遠くなったLe Yucca'sですが、「ここにしかないもの」を買うことで得られる特別感の代わりに、そんなものをどこで買うのかであったり、買った時にどんな経験をすることが出来たかという、新しい買い物の価値指標や楽しさのようなものが、このシューズにはついてまわるようになったと感じます。A店でもB店でもC店でも買えるLe Yucca'sをどこで買いたいか。それを考えた上で、C店でDさんから購入したからこそ、自分にしか得られないマイレユッカス・ストーリーみたいなものが得られるのであり、まさにそれこそ「ここにしかないもの」に違いないのではないでしょうか。

そこにしかなくて買った私のLe Yucca'sよりも、ある程度どこかにある可能性がある中において、買う場所から自分で選択していけるというのは本当に贅沢な体験で、手にするものの価値は変わらずとも付帯価値は格段に高騰するのでしょう。とはいえ、そうたくさん存在する靴ではないというのも悩ましいところではあります。偶然の出会いという可能性に掛けなければならない場面もたくさんあるはずです。だからこそ、こういった買い物は楽しいものでやめられないものなのかもしれません。(守屋)

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限界点を探る

NICENESS / GUY / 48,000+tax

細かな意匠がそこかしこにと作り込まれ、そこに作り手の叡智が凝縮されているほど、その物にまつわるストーリーはより長くなり物語としての存在感を増していきます。それというのは本来ならば作り手本人から語られるはずのものであり、あるいは本人から直接聞いた物語をまた誰かへと語り継いでいくことで、それは持ち得るエネルギーを保持し続けることを可能にします。

ギミックの効いたアイテムの蘊蓄は、調べればある程度のことはインターネット上で知ることができます。それに対して私たちは知識を得たかのように感じ、知った気になり、その作られたものの意図を理解していると感じて消費活動を行うことが多かれ少なかれあるでしょう。知っている気になっているデザイナーの思いとは裏腹に、私たちはその思いを抱いているデザイナーの顔すら、実際は知らないということが往々にしてあり得るというのに。

私自身、価値ある情報はきっと一次情報あるいは二次情報くらいまでに留まるものと思っています。実際に目で見たり聞いたり触れたり、あるいはそれを実際にした人から直接その具合を聞いたりすることだけでしか、本当の意味で何かを体験したり理解することは難しいのではないかというのが、私の実体験に基づく個人的な見解です。

だからこそ、簡単に調べたりすることをよしともせず、こう言ったインターネットの上での文字情報に必要以上のことを書くことはせずにいたいし、知りたい人は実際に店に行ってプロの販売員からそれらの情報を聞くべきだという思いはいつまでも拭い去ることはできません。ただ、時勢もあるからこそ、それらの体験をオンラインでも提供できる方法を、私たちは模索している最中です。むやみやたらなオンラインでのそれとは、絶対に一線を画したものを提供したいと切に思っています。(守屋)

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Contradiction

KIJI / KACHI ICE BLUE / 27,000+tax

KIJIの定番アイテムであるデニムシリーズは、今更ながらの説明になりますが、デニムの本場であるアメリカのデニムを目指していない、あるいはそれに近づかないようにしているという点で新しさがあると思います。そして国産デニムといえば日本が世界に誇ることの出来る製品の一つであることは揺るぎのない事実であるにも関わらず、KIJIはその国産の良さすらも新しい解釈を持ってオリジナルな価値に変容させています。

コットン素材の藍染のセルビッチ付きで、アタリはLevi'sのビンテージのように縦落ちするデニムというのがその世界での善だと捉えるならば、そもそも素材からしてその定説に背いているのがKIJIです。基本から筋違いであるのに、一方では縦落ちする経年変化の風合いという良さは保っているのです。ビンテージのデニムであったり国産の技術を示すキーともなるセルビッチは、パンツの筒の外側に持ってくることはせず、それゆえに裾を折ってもその技術を見せびらかしたりすることなど不可能になります。

しかしその技術をKIJIのデニムはしっかりと受け継いでいて、誰にも見えない腰回りの内側の部分にそれを潜ませており、極め付けにそれは、多くのデニム愛好家が好む「赤耳」ではないのです。そんな多くの矛盾を孕んだデニムの新作のICE BLUEは、USA製のビンテージデニムのようなムラがあってのっぺりとしていない色落ちというのを敢えて避けています。その真逆をつき、逆説的に単調で均一でのっぺりとした表情を持っています。

そののっぺりとした表情はビンテージデニムでいうならばあまり良しとされない表情であるはずなのです。これがKIJIのデニムとなった途端、ヨーロッパのビンテージのトラウザーなどを主なデザインベースとしていることも相まって、その単一的な表情がシャープさや品の良さを保ってカジュアルな雰囲気を抑えるという新しさを持ち始めるのです。そんな新作デニムは、「新しい定番」という多くの矛盾を含んだ言葉で表現されうる一本となるのでしょう。(守屋)

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どこにでもありそうなどこにもなさ

KaILI for BLOOM&BRANCH / UTOU US (LIGHT GRAY) / 16,000+tax

BLOOM&BRANCHが常々やっていることといえばいかに普通を貫けるのかということだけであり、どれだけ奇を衒うことを避け、生活に馴染ませていけるかという限界点の突破へと邁進しているのみです。これだけ多様なものに溢れ、フォトジェニックな場所やものが珍重される時代において、全く逆の方向へと歩を進めているようにも見えてしまいます。

このKaILIのエクスクルーシブアイテムは何が特別なのかと言えばその色のみであり、さらにはかなり普通の色を特別に作ってもらっているものです。どこにでもありそうなLIGHT GRAYとSAND BEIGEですが実はどこにもないのです。特に今年らしい色であるわけでもなく、どんな時代にもありそうな、本当にありきたりな色なのですが、何度も言いますがどこにもないのです。

KaILI for BLOOM&BRANCH / UTOU US (SAND BEIGE) / 16,000+tax

ミルクコーヒーのような柔らかなSAND BEIGEは流行りのグレートーンのベージュとはまた異なりカーキを帯びた格好良いベージュともまた異なります。落ち着いていて優しそうで、安心感や懐かしさを感じるような、どこにでもありそうなSAND BEIGEです。コンクリートの冷たさはないけれどしっかり青さはあるLIGHT GRAYはBLOOM&BRANCHの店内に同化してしまって本当に目立たなくなります。それくらい普通のLIGHT GRAYです。それなのにどこにもない色です。

その“どこにでもありそうなどこにもなさ”は、UTOUというデザインとの親和性がとても高いと感じています。どこにでもありそうな普通のデザインに見えて、その実力や隠されたギミックは使った本人にしか分からないし、それも雷が落ちたような衝撃的な感動体験を提供してくれることもないのです。美味しい食べ物の栄養がじわりじわりと体内に染み渡って、気がついたら身体を健やかに育ててくれているような、かなり意識しないと見逃しそうになるほどの感動を提供してくれます。そんなものどこにあるでしょう。(守屋)

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私の欲しいものはどこにあるのだろう

Vintage / 60s French Air Force M-47 Field Pants Lately Dead Stock / 24,000+tax

過去にもVintageに関する記事をこちらの書いていましたが、その時にも「希少性だけが価値ではない」といった旨のことを書いていました。人の価値観はそう簡単に変わることがないのだなと変に感慨深くなり、同時にそんな自分自身に安堵感を抱きました。

先日公開されたコンテンツでもディレクターの柿本が話していますが、希少で高値になったものであっても、市場がこぞって求めるものであったとしても、それが今の自分自身の価値観や感覚に沿うものでなければ、自分にとってはその値段同様の価値が見出されていないということになります。その時は市場の価格と自分の価値観には不思議と大きな乖離があるのです。

目の前にあるものの傷が自分にとっての価値になる場合もあれば、特異な形がその価値を生むものであったり、あるいはサイズや、ブランドネームや、そのものの存在自体が価値になります。必要とする人が多ければ多いほど、テクノロジーの力を借りればそれはスケールメリットを得て価格を下げられるかもしれないし、反対にそれが難しいものであるならばオークションのように価格はぐっと上昇します。

大きな市場の生み出す価値基準とは異なる指標を自分の中に持っていることは、もしかすると非常に非効率なことなのかもしれませんが、それを世の中から見つけることの面白さと、どこに自分の琴線に触れるものがあるか手探りになる感覚も、言わば従来的な買い物の醍醐味であるように思います。それがディレクターの場合はいつも訪れているパリにたまたまあったということです。(守屋)

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横長の記憶

PHLANNÈL SOL / Landscape Shirt / 20,000+tax

Landscapeという言葉には「横長」という意味が含まれるようですが、私がLandscapeと聞いて先に思い浮かぶのは「景観」、「風景」という意味合いの方でした。言葉には様々な側面があって様々な表情があって面白いなと改めて思います。

景観や風景という言葉で表されるのは例えば幼い頃に訪れた祖父母の家の周りの景色だったり、大人になって自分のお金で旅に出た際に初めて見た日本以外の国の街の様子や自然の織りなす景色であったりするのだろうと思います。そういった景色について頭に思い浮かべるとき、何故だかその風景というのは縦位置の映像ではなくて映画館のスクリーンのような横位置の映像や画像が浮かびます。

テレビモニターやスクリーンやあらゆる場所に映し出される景色は、それが地平線のように横に広いものであるという特性からか、横位置の映像や画像として表されることが常でした。その影響を自然と受けているせいか、私たちが記憶の中にある景色を追いかけるとき、頭に浮かぶのはやはり横に広がった景色なのでしょう。

このLandscape Shirtもきっと、いつか誰かの横長の記憶の中にちらりと存在したりするのでしょう。そう考えると、自分だけが下らない秘密めいたものを知っている気持ちになります。(守屋)

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竹を編む

SIRI SIRI / Basket S / 48,000+tax

竹という素材は不思議なもので、細く割いた繊維はすぐに割れてしまいそうな見かけとは裏腹に堅く丈夫です。数百年の時が経ったものでも、姿を変えることなく今に存在していたりもします。

そんな丈夫な竹を使った竹細工は、編み模様の織りなす繊細な美しさが人々を魅了します。これはどんな魔法を使って描かれた表情なのかとまさにはっと息を飲むような、そんな体験をしたことがきっと少なからずの人にはあるだろうと思います。

ところが考えてもみると、あんなに固い竹をどうやって編み込むのか、その工程の部分に私はある時点まで目を向けたこともなかったように思います。

編むという方法をもって作られるということは、そう説明されているのでもちろん知っている(つもり)になっているのですが、では編んでるうちにぱきっと割れたりしないものなのか、あるいは固いもの特有の直線を描くような形状にならずに優美な弧を描くフォルムはどこからやってくるのか、それを理解して誰かに教えることなど全くかないませんでした。

竹はその強さ故に、その素材の反発の力によって曲線を描くことができるということ、編まれるときのその姿はまるで竹という素材はワイヤーか何かであるように、柔らかに自由に動き回ること。分かった気にならずに目で見てみると、ますますこの籠が存在することが信じ難くも素晴らしい現実なのだと知ることになります。(守屋)

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肌馴染みとはつまりバイアスなのか

AURALEE / LINEN DOUBLE FACE HALF SLEEVED SHIRTS / 34,000+tax

ファッションの市場においてはまだまだ合成繊維や化学繊維に比べ、天然繊維が重宝がられる傾向があるように思います。"シルクのような"、または"麻のような"という前置詞を伴った合成繊維の紹介文言をどれだけ見てきたことかと振り返ってみるとその結果は明らかです。

一方で、化学繊維や合成繊維は天然繊維に劣るもののように一蹴しているのは、全くもってこちら側の勝手な偏見に過ぎないように思います。化学繊維は本来人間の知の結晶のような繊維であって、例えば心臓と同様の組織構造の素材を開発出来るからこそ救える命があったりだとか、ゴアテックスやプリマロフトが存在するから快適に過ごせる環境があったりだとか、人間は化学繊維により大いなる恩恵を受けているはずなのです。

「肌に合わないから」と一言で片付けてしまえばそれまでなのですが、やはり素材の成り立ちや素性が分かるもの、あるいは人間と同様にこの地球に自然に生まれ育っているものを必然的に私たちは信用してしまうのでしょう。私自身、この色感と番手が異なる糸の織りなす表情を見た時に、「茣蓙のような素材だな」と感じたとともに、不思議と安心感を得ていたことにはたと気がつきました。

もし技術発展がこのまま続いた先の未来に、環境負荷を全くかけない化学繊維が一般的に用いられるようなファッションの業界の流れが生まれていたとしたならば、私たちは布の次元を超えたそれらのものたちに馴染みや安堵の気持ちを抱くのでしょうか。(守屋)

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新しい季節の手触り

OUTIL / ROBE LOISIN / 50,000+tax

日本の夏はじめじめと湿度が高いことが気候的特徴であったはずなのですが、近年加速する地球温暖化の例外にもれず、そこに亜熱帯地域のような気温と日差しもそこに加わってきました。暑さにやられて何もする気が起きない中で、ぼーっとする頭を無理やりにどうにか叩き起こしながら仕事をしたり、黙っていても流れ出る汗をやり過ごして大勢の人でごった返す電車に乗り込んでいくという季節がやってきます。

そういった私たちの思い描く季節の風景が、一つも余すことなくこれまで通りやってくることは現状を見るにまずないことなのだろうと思います。ましてや、ぎゅうぎゅうの人混みをかき分けて仲間と共に見上げる花火や、食べ物と汗と夜の匂いが混ざった祭りの空気を感じることも出来ないかもしれません。これまで私たちが抱えていた夏の記憶の中には、そのどこかしこに人混みと湿度と、太陽があったことを、今更ながら思い知らされました。

パートナーと共に、あるいは家族と共に、そしてもしかしたら友達と共に過ごすこれからの季節は、べたべたしたりじりじりしたり、そういったこれまでの手触りとは全く別の感触を持ったものになっているかもしれません。べたべた、ひりひり、じりじりしない季節を、その季節たらしめるための新しい手触りを、是非今から探してみましょう。

しっかりと汗を吸ってくれるパイル生地や柔らかく肉厚で肌に纏わり付かないコットンや、カリカリとしたリネンの生地がこれまでの手触りなのだとしたら、例えば風のようにふんわりとしたシルクや、ひやっと肌に触れるレーヨンや、柔らかいのにドライタッチなラミーなど、新しい季節の手触りは、決して文字通り新しく作り出さなくても、周りを見回すと意外とたくさんあるものです。(守屋)

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言葉を尽くして

AURALEE / WOOL KID MOHAIR KERSEY SLIT SKIRT / 36,000+tax

フィードに流れてくるスタイリング画像を見て購買欲求を掻き立てられてり、画面越しに誰かが商品を持って説明してくれる動画を眺めてウインドウショッピングのように楽しんだりと、私たちの生活の中には写真や動画の形をした情報のやりとりというものが急速に浸透していき、新しい当たり前となりつつあります。

例えば商品を手に持って熱心に説明の言葉を添えてくれる人の映る動画を眺めていて思うことは、そこにあるのは主役としての商品であり主形態としての動画というコンテンツなのですが、補完的に添えられている彼らの語る言葉にこそ、重要な側面があるような気がしてならないということです。

素晴らしいストーリーの語られた美しい動画や完成度の高い写真は、それ自体が価値でありアート作品の様相すら呈していますが、そこに意味性や目的性を見出すことは多くの消費者にとっては難しく、そこに同じ空気感を纏った言葉が添えられていることが、その動画や画像の意味や輪郭を明確に形作ってくれるような気がしています。画面越しの誰かに向けて話をしたり何かを見せたりしているときにも、言葉を尽くして説明しなければそこにはやはり温度のない画面があるだけで終わってしまうのです。

対面で直接語られるものではなかったとしても、目の前にいない相手に向けられた言葉なのだとしても、そこにいる誰かに対して言葉を尽くすことは、新しい当たり前のプラットフォームの中ではより重要度を増していくのではないでしょうか。そこに添えられる"言葉"の持つ意味をもう一度自分に問い直してみたいなと、上達しない写真技術に直面しながら素直に感じ入りました。(守屋)

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マイスタンダードの見つけ方

PHLANNÈL SOL / Light Suvin Cotton French-sleeve T-shirt / 11,000+tax

定番の一着だと思って買い足しているカットソーは、実は「定番だ」と自分に言い聞かせたところでその立ち位置は案外危ういものであることがあります。その定番は数年続いているものなのか、それとも2、3年置きに移り変わる定番なのかと振り返ってみると、後者の定番として思い当たるものが数着、クローゼットの中で今日も自分の活躍の場を与えられるのを待っています。

前者の方の、数年続いている定番というのは、アイテムそれ自体が、マイスタンダードとしての存在意義を獲得しています。"PHLANNÈL SOLのカットソー"が定番なのではなく、"PHLANNÈL SOLのユニセックスTシャツ"こそが自分の定番だということです。一方で後者の方は、まだその定番という言葉が、そのアイテム自体には係っていないという状態であるのでしょう。まだ、PHLANNÈL SOLのカットソーが定番だというだけで、もしかしたらそれは今年はユニセックスTシャツかもしれないし、来年は違うかもしれないのです。そんな危うい立ち位置は、いとも簡単に別のブランドに定番の座を譲ることになります。

またあるいは、自分が定番だと決めた一着は、実は毎年生産されておらず、気がついたときにはどこにも売っていないという状況だってあり得るのだと思います。案外、毎年律儀に同じものを作ってくれるブランドはあまりなく、老舗の海外ブランドや専業ブランドなどに限られてくるでしょう。だからこそ、これぞ私のスタンダードと呼べるようなアイテムと出会えることは大変に貴重だと思います。

老舗の誰もが知っているブランドではないのに、律儀に毎年同じものを作っているブランドがあったとしたら、それはきっとそのブランドの強みとなるアイテムなのだと認識して間違いはないはずです。そう思って、マイスタンダードになり得るのか、一度クローゼットに迎え入れて審査をしてみるのも悪くないかと思います。そうしているうちに、貴重な貴重なスタンダードに出会える日が、必ずやってきます。(守屋)

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桜の季節の後から紅葉まで

Phlannèl / Cotton Silk Over Sized Band Collar Shirt / 28,000+tax

コートやジャケットのインナーとなるようなシャツの担うべき役割は、桜の木の下あたりに置き去りにされ、夏へと向かうこれからの季節にはまた違った役割がきらきらと輝く太陽の光に混ざって降り注いできます。もちろんそれは、カットソーの上にさらりと羽織って温度調節をすることであり、強い日差しを遮って、汗ばむ身体を守ることにあります。

その役目を果たすシャツには、肌に触れることの心地良さや幾度となくやってくる洗濯に耐えうる強度や、脱いで手に持ってもシワになりづらいことなど本当に様々なことが求められてきます。そして実用面以外で私がこの季節のシャツに求めたいのは、「シャツから覗く肌とのバランスが取りやすいこと」です。

単純に肌を露出した状態の首筋に光るネックレスより、シャツの襟元からちらりと見えるそれがより美しく見えるように、半袖のシャツから伸びる腕より、長袖を無造作に捲り上げた先から表れる腕が美しいように、シャツがあるからこそ際立つ人の姿や肌、そしてそこに乗せられたジュエリーの輝きがあるはずだと思っています。だからこそ、肌が見えすぎるだけのシャツは良くないし、かといって身体を覆い隠してしまい少しの隙も与えないようなシャツはバランスが取りづらく季節に対する要望を満たせないのです。

バランスの取りやすいシャツには人それぞれの着こなしが如実に表れてきます。そしてそこに表現されたバランスの取り方というのは、どんなコーディネートを組んでいるかということにもまして、その人の感性を顕にしてくれます。その明快に表現された人々の感性は、とても魅力的に映ります。(守屋)

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正しく装う

SHORT SLEEVE RAGLAN ALOHA SHIRTS - Black / 28,000+tax / Mens

アロハシャツは現地の人々にとって、男性の正装として認識される服なのだそうですが、その「正しさ」については、アロハシャツのルーツを共にする私たち日本人にとってもなかなか理解しづらいものがあります。正装と言われて思い浮かべるのは、襟付きのシャツにタイを締める、さらにはジャケットを羽織る姿ではないでしょうか。

そもそも「正装」とは、「正しく装う」ことであると考えるならば、その正しさの依拠するところはそれを装う場所、シーンということになります。その文脈に則ると、前述の「正装」のイメージは冠婚葬祭時に着用される装いの正しさであるかと思うのですが、そのようなシーンにおいて「正装」として着用されることを許されるアロハシャツも、そこに描かれる絵柄のモチーフによって細かく定められているようです。

勿論、そういったシーン以外の場において、例えば観光地を盛り上げる場所で、雰囲気づくりのために着用されていることも往々にしてあり、そのような場での「正装」として成立するアロハシャツは、きっと明るさ、華やかさ、幸せな時間や心の表れる色彩を用いたシャツということになるはずです。そして描かれる柄はハイビスカスをはじめとする現地らしい植物や海の絵柄であることがその時求められる正しさです。

SHORT SLEEVE RAGLAN ALOHA SHIRTS - White / 28,000+tax / Womens

では、これらのアロハシャツを街の中や生活の中で着用する際の「正しさ」はどこにあるのかと考えるならば、その答えは、頑張らないこと、格好つけずにリラックスして着ること、であるというのが私の持論です。

日常生活のシーンの中で正しくあるためには、自分自身があくまで自分らしくあることこそが一番の正解の形なのだと考えると、それを覆い隠すように背伸びをしたり、頑張って、気を張って、ベールを纏うような行為は正しさとは離れていくのではないでしょうか。特に、ハワイの柔らかく寛大な島の雰囲気を想起させるアロハシャツを着ようと思うならば、尚更気を付けたい正しさであると思います。(守屋)

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一杯のコーヒーを

大村剛 / 色絵カップ各種 / 3,500+tax〜

ほっと一息つくためのコーヒー。眠気と戦い集中力を高めるためのコーヒー。談笑するためのパートナーとしてのコーヒー。自宅でもオフィスでも、座って何か作業する時間が長ければ長いほど、コーヒーを必要とする時間、あるいは自分でコーヒーを淹れる時間というものが増えてくるだろうと思いますが、先日公開したCOBI COFFEEマネージャーへのインタビュー記事で語られていたことで印象的だったのが、「コーヒーの味をデザインできる楽しさ」がコーヒーを淹れる時間には含まれているということです。

大村剛 / コーヒーサーバー色絵 / 10,000+tax

缶コーヒーでも、マシンメイドのコンビニコーヒーでも、そして専門店のハンドドリップコーヒーでも、それらはまるで別の飲み物であるにも関わらず「コーヒー」という名のものとに一括りにカテゴライズされます。その一括りになったコーヒーのうち、味わい以外で違いをなすものとしてはその前後にある時間の流れなのかと思います。一括りのコーヒー達に求める役割は、それを手にする人々によって千差万別なのです。

ある人は缶コーヒーを手にする時間で仕事を一区切りさせる人もいるでしょう。またある人はコーヒーショップにコーヒーを買いに行く時間で気持ちをリフレッシュする人もいるでしょう。そうかと思えばある人はコーヒーを片手に仕事をすることで集中力を保っているのでしょう。そして、本当に少数派になるかもしれませんが、コーヒーを淹れる時間を通して、気持ちを整えたり、思考を整理したり、あるいは何か自分好みのものを生み出す楽しさを感じている人もいるのだろうと思います。

大村剛 / コーヒードリッパー黒 / 6,000+tax

その時間を過ごしたからといって心がどうにか動くわけでもなければ、仕事の効率が上がったり、誰かから喜ばれたり報酬をもらえたりするものでは決してないのです。ただ真剣になってコーヒーを自分のために淹れてみる、自分の思い通りの何かを作り出してみる、それだけのことなのです。それだけのことが、無駄に思えることが、もしかしたら人生を楽しく豊かなものにする近道なのかもしれません。大袈裟な言い方をすれば、コーヒーを淹れる時間は、コーヒーの味をデザインするだけでなく、自分の人生や自分の時間をデザインする時間なのかもしれません。(守屋)

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パラドックスに備えて

KIJI / ILLUST ALOHA SHIRT / 24,000+tax

夏というものは、さあこれから長い夏がやってくるといくら身構えても、どれだけ夏の予定をしっかり立てようとも、気づいた時にはあっという間に、私たちの後ろ側へと通り過ぎているものです。

今年の春、誰もが春を見落としてしまったと感じていると思います。花見が出来なかったり、行楽の予定を棒に振ってしまったり、それこそ用意していたドレスを着て、シャツを着て、降り注ぐ太陽を存分に浴びることが出来なかったと。でも本当にそうでしょうか。いつもより、桜を愛でよう、春を精一杯感じようと、心の中では必死に季節を追いかけてはいませんでしたか。

KIJI / MONGARA ALOHA SHIRT / 24,000+tax

きっといつもより少し敏感になりながら、太陽のありがたさを感じたり、風の端にある季節の匂いを嗅ぎとったり、風景の変化や空の色の変化とゆっくり目を合わせて対話していたのではないでしょうか。

思った以上に、夏は圧倒的なパラドックスを持って私たちの前に現れます。私はこの春の季節に体験し習得したスタンスを持って、この一瞬の夏を迎え入れ、楽しみたいと心から思います。もう夏の準備は、しておいても早くはないかもしれません。このアロハシャツに刻まれた円相の一本一本がまさに私たちの過ごす1日1日なのですから。(守屋)

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アートを完成させるには

SCHA / Derby CA Seagrass Hat -SPECIAL EDITION- / 32,000+tax

先日の記事で、帽子は日差しから身を守るための道具として生まれたという旨の文章を書きました。勿論、ものの誕生には全て目的があるもので、その目的のためにデザインされた必然の形があるものです。そして、それらに解釈を加えることでファッションアイテムとしての誕生があるのだろうと思います。

ただ、解釈を与えられたファッションアイテムとしての物体には、本来の目的以上に求められる新たな目的が加えられること、そしてそれが何よりの最優先事項になることも往々にしてあります。例えばデザイナーのエヴァにとって、帽子の目的は自己表現の媒体として存在していることです。外的要素から頭を守るという本来の目的のためにデザインされた「帽子」という概念的な形を踏襲していながら、そこには自由に生茂る草花のような、秩序に囚われない表現の広がりが存在します。

アートピースとして、表現物としての帽子という目的が最優先事項となれば、本来の目的(何かから頭を守る)を達成し得ない形であってもそれは全く問題ではなくなり、その意思が、透けるような編み目や柔らかな素材という形となって表現されるのです。彼女の生み出す帽子の美しさに魅了されるファンは多いと思いますが、アートピースとしての帽子の存在意義が求められた結果なのですから、それは実に自然なことではないでしょうか。

そして彼女生み出すアートは、帽子を被る人と、その被り方という要素が加わって初めて完成されます。(守屋)

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今日の旅先

Phlannèl / American Sea Island Linen Pintuck Shirt Blouson / 38,000+tax

現実的に自らの身体をどこか遠くの異国へ旅させることが難しい時、心だけでも優雅な旅をさせる方法はいくつかあります。所謂現実逃避の方法と言ってしまえばそれまでですが、例えば映画を観て世界に自分を没頭させたり、本を読んで空想の世界を広げたり、かつて旅したときの写真を見返してタイムスリップしたりなどが出来るでしょう。それと同様に、服を着るということも、忘れてはならない心を旅させる方法の一つなのではないかと思っています。

ブランドそれぞれに、独自のコンセプト、表現したい世界観があります。フランス生産に拘っているブランドはフランスの古い資料やビンテージアイテムから洋服のデザインソースを得ている場合もあるでしょうし、そもそも旅をテーマにシーズンコレクションを組み立てているブランドもあります。あるいは、毎シーズンのテーマは設けていないものの、デザイナー自身が旅した土地で見た色や風景、その土地の伝統衣装などから新しい洋服をデザインする方もいます。

そんな洋服の背景を知ったとき、見えたとき、感じられたとき、きっと洋服が心底好きな人ならば、その土地のことやデザインソースとなったオリジナルのアイテムのことをより理解しようと、自分なりに考えてみたり調べたりするのではないでしょうか。その土地はどんな色が散りばめられた世界なのか、どんな空気の匂いがするのか、人々は普段どんな服装で街を歩いているかと想像するそれこそ、心が旅しているまさにその時なのです。

本を読んで頭の中に世界を思い描くように、洋服を着ることそれだけでも、洋服それぞれが連れて行ってくれる世界があり、そこにいる自分を夢想することは容易に出来ます。意外と見落としてしまうことが多いのですが、これは洋服の楽しさを構築する大きなパーツの一つなのではないかと思います。今日の旅先はどこにしましょうか。(守屋)

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二つの接合点

Lunor / A5 226 / 37,000+tax

日差しから身体を守ためにある帽子、寒さを防ぎ手を保護するための手袋、足を傷つけないように包み込む靴などの道具と違い、眼鏡に託された役割は「補うこと」です。低下した視力を回復させるため、視力を補助するための道具として眼鏡は誕生し、知識人を中心に愛用されてきたという経緯があります。

そんな補助器具としての役割は、コンタクトレンズに始まり、レーシック手術などの誕生もあって代替可能な機能となりました。いつしか時代遅れの道具と化した眼鏡という補助器具ですが、それにも関わらず今もこうして無くなることなく存在し続けています。

Lunor / Aviator Ⅱ / 46,000+tax

おそらく、眼鏡に装うための道具という新たな役割が付与されたからでしょう。人の第一印象を決定づける顔というパーツに装着する道具は、必然的にそのデザインのアップデートを求められることになります。そして装身具として、金、銀、チタン、鼈甲、セルロイドなど様々な素材を用いて美しく見られるための道具としての役割を少しづつ増していきました。

Lunorの創業者は、補助器具としての眼鏡の存在意義が強かった時代のアンティークの眼鏡や顕微鏡、望遠鏡、ひいては検眼機までをも収集していたそうです。そんな彼はきっと、眼鏡に託された二つの役割の接合点となった人そのものと言えるでしょう。(守屋)

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未来へ投資すること

OUTIL / MANTEAU LUZE / 60,000+tax

この時勢を考えずに純粋に洋服に向き合おうと思ったところで、どうしても頭や身体は素直にこの正常でない環境のことを考え、過敏に反応してしまいます。そんな数日を過ごす中で私の肌でひしひしと感じることは、ここにある洋服たちがどれだけの人の関わりや数えきれない苦労を経て運ばれてきたのかという奇跡への感動と、それに私たちは正当な対価を支払えているのかという疑念の思いです。

これまでだって、当然のように私たちのもとにやってきていたように思われるこれらの服たちは、本当に多くの人の手や国境を跨ぎながらここまで辿り着いているのですが、昨今の状況によって強いられる苦難が増している今、それぞれに関わる人々の努力と、お客様のもとまでこのクリエイションを届けたいという熱意だけが、ここまで洋服を運ぶことを可能にしているのだと感じます。

私たち自身も、特に東京近郊に住む人々はむやみな外出や必要以上の購買行動が憚られる中、洋服を買うことは現状娯楽消費と見做されるでしょうからほとんどの場合においては「不要なもの」にカテゴライズされてしまうような状況です。それでもそんな洋服を買うということは、「今」ではなく「将来」の私たち自身に投資することと、ここまで洋服を届けてくれた全ての人の「未来」に投資するという意味合いを持つのではないでしょうか。

来る先の未来で自分がどうあるべきかを想像して、そんな自分がどんな心持ちでいるべきかを考え、そのためのモチベーションとなる服を買うとか、目指すべき自分にふさわしい服を買うことで将来の自分へ投資するということ。そして、この困難な状況で予定通りの生産活動が出来ないことで必要な収入を得られず、もしかしたら次シーズンの生産へ影響が出てしまうかもしれない人々がいることを想像して、自分が応援したいブランドやそこに関わる人々の未来へ投資するということ。不必要に思われることでも、何のためかを思えば、本当に必要な購買、そして必要に見えて不要な購買だってあると思います。今こそしっかり考えてみるべきではないでしょうか。(守屋)

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シャツにアイロンをかけるとか

m'sbraque / S2B COLLARLESS TRIM JACKET / 78,000+tax

朝起きたら必ずカーテンを開けて太陽を浴びるとか、朝一杯のコーヒーを必ず飲んでから仕事に出かけるとか、夜寝る前には必ず明日履く靴を磨いておくとか、毎日の生活の中に存在する習慣は、それが意識的なものであれ無意識下のものであれ人それぞれに必ず一つは存在するのではないかと想像します。

多くの人が週5日の通勤がルーティーンとなっている世の中では、週5日の決まった習慣はきっとあるでしょう。それと同様に多くの人は、週のうち5日間は仕事用の服に身を包むことになっているはずです。人それぞれの違いとしてそこにあるのはそれがスーツなのか、オフィスカジュアルウェアなのか、休日と変わらぬカジュアルウェアなのか、決められた制服なのかの差だけでしょう。

例えばその週5日の通勤という、習慣を作り上げる前提条件たるものが崩れ去った時、人はその習慣を続けるのでしょうか。通勤が週に2日だけになりそれ以外は人に会わずにもいられる仕事環境なのだとしたら、週5日着るはずだった「仕事をする自分のため」の服に袖を通すことは続けるでしょうか。それに伴う朝の一杯のコーヒーの時間は大切に守り続けるでしょうか。

例えば私はファッション業界で働いている以上、仕事用の服も休みの服もさして変わらずいわゆる自由な服装で毎日過ごしていますが、それでも仕事の時には出来るだけ背筋がしっかりと伸びるような身なりを整えたいと思っているので、もちろん毎朝、その日に着るシャツやカットソー、ジャケットにシワがあったらアイロンを当てることは当然の習慣となっています。これは例え週5日の勤務がなくなったとしても、自分の身体の延長として存在する服を大切に扱いたいという気持ちがある上、頭と心のネジを仕事モードに切り替えるスイッチとして「アイロンを当てる」という行為が存在しているので、その習慣は続けるだろうと思います。

習慣というのは習慣にするまでに大変な時間を要するわりに習慣を止めることは非常に簡単なのものです。わざわざ習慣にしたものを、ずっと変わらずに習慣として留めておけるか否かの境目は、日常のなかに表れるわずかなシワをぴんと伸ばしておきたいか、それともそれを見て見ぬふりをするかどうかの違いくらい、わずかなことです。ただそのわずかな違いが、きっと日常に大きな差を生み、日常全体のまとまり、バランス、見え方全てに表れるのでしょう。(守屋)

 

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楽しみなことを

Bergfabel / Cotton Linen Stripe Moon Coat / 128,000+tax

春の芽吹きはじめる3月の今頃から、新緑が深まっていく5月頃まで、四季のある日本においては1年の中でも特別と言って良いほど心地良い風を一日中感じられる絶好の行楽シーズンです。ということは、お花見をはじめ様々なイベントへ出かけるため、または新生活に向け、洋服を買い足す理由が多いシーズンということになります。

ですがこの厳しい時勢により、仕事でもプライベートでもありとあらゆる予定が組み変えられていったりキャンセルになったりしているであろうと思います。同時に、それらの予定を楽しみに、洋服を選んだりはたまた買い物に出かける機会というのも減っているであろうことは容易に想像がつきます。

Bergfabel / Linen Long Farmer Stand Collar Shirt / 48,000+tax

勿論それは仕方のないことであり、安易に買い物に出かけましょうなどと呼びかける気もありませんが、買い物をする楽しみやそれがもたらす心の充足感、また気に入りの服に袖を通すことで明るく前向きに変化する心の動きというものは、今だからこそしっかりと思い出し、覚えておく必要があるように感じます。何かを楽しむという自然な気持ちを決して我慢せず、押さえ込んだり蓋をして忘れ去ろうとするのではなく、むしろそれを今こそ求めて然るべき時であろうとすら思います。

もしかしたら変更になってしまうかもしれないけれど、これから控えている楽しみな予定を思い浮かべながら買い物をすること、心地よい服に袖を通すことは、確かな心の栄養となって心に明るい花を芽吹かせてくれるでしょうし、それは日々を生きる糧となって、なんとなくもやがかかったような暗い日々の中で心を常に平静に保たせてくれる存在となるでしょう。そして我々がこれから判断を誤ることなく進むべき道を選択出来るよう、正しい道を照らす道標のように私たちの目の前に常に光を灯してくれるでしょう。

クローゼットを開け、今日着る服を選ぼうとする時、お気に入りの服がそこにあること、新しく買った服がそこにあること、それは、とても幸せなことだと思います。洋服はいつでも我々のそばで、いつもの日常を忘れず、ただそこに存在してくれます。(守屋)

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春の影は白昼夢のように

KIJI / CACHECOEUR BLOUSE / 27,000+tax

そこに影が映し出されるとき、影のこちら側には必ず光が存在しています。強くくっきりとした影であっても消えてしまいそうな儚い影であっても、雲のように大きな影でも花弁のように小さな影でも、その影を作り出しているのはいつどんな時でも光なのであり、もしくはそこに光を見つけたならば、同時に光の向こう側に影はいつでも生まれます。

人々を目覚めさせるようゆっくりと明るく差し込む朝の光と冷たい空気の中で揺れるレースのカーテンとその影は、本来目に見えるはずのない微かな風の存在を私たちに教えてくれます。空いたグラスに何気なく生けられた花の姿を窓から差し込む太陽が照らす瞬間には、思ってもみなかった形の影が姿を表して、息の詰まるような1日の隙間に新しい出会いとほんの少しの安らぎの時間を与えてくれます。

KIJI / GATHER SKIRT / 27,000+tax

光が作り出す影の魔法によって、日常の何気ない風景は、まるで映画ワンシーンのように色鮮やかに映し出されるのです。光は未来を予見する存在として、あるいは明るいものの比喩として用いられることが多く、その反対側に影という存在が認識されることが多いのですが、光と影はいつでも手を取り合っていて、こちらとあちらでお互いに反対を向くのではなく顔を合わせて目と目を合わせているのであろうと私は思います。

もしあなたがそこに美しい光を見つけた時、同時に光の向こう側には美しいドラマティックな影が誕生しているはずです。もしあなたがそこに美しい光を見つけた時、同時にこのKIJIのブラウスやスカートは春の白昼夢のような淡い美しい影をそこに落としているはずです。(守屋)

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良き所有者としての責務

GALLEGO DESPORTES / CHEMISE EMANUELLE / 34,000+tax

近年のアパレルウェアの消費動向として、「自分が着た後に売れるかどうか」を見据えて買い物をする人が増えているといいます。その目の前の物の純粋な良し悪しよりも、総合的なコストパフォーマンスの高さがより尊重するべき価値指標となっている現実に、現代を生きる一人の人間として私は少々ついていけていないような心持になってしまいます。

「購入した服を自分だけで楽しんだ後、誰にも譲らずに消費して捨ててしまうことよりはエコな考え方ではないだろうか」という声も聞こえてきそうな気はしますが、では、そもそも自分が心底惚れ込んでもいない服であって、先々のその服の価値に目の前での購買行動を左右されてしまうほどの物ならばいっそのこと買わずにいる方が良いのではないでしょうか。それ以前に、洋服の行末などというものはきっと洋服自身が勝手に決めてくれるはずなのであり所有者が決定する権限すら持ってはいないはずなのです。

GALLEGO DESPORTES / CHEMISE 29 / 32,000+tax

昔、新卒で勤めはじめたアパレルの会社の先輩にGALLEGO DESPORTESのスカートを譲っていただいたことがありました。その先輩はきっと、誰かに譲ることや、自分が着た後の洋服の行末など考えてもいなかっただろうと、そのスカートを着る時はいつも考えています。

洋服のその後の行先など考えずに、痛むことも厭わずに、大切に沢山履かれた後の生地の表情がそこにはあります。密な織のコットンが柔らかくなった肌触り、自然に変化していったピーチスキンのようにふんわりと起毛した表情を持つ一着を差し出された私は、二つ返事でそれを有り難く頂きました。その時その先輩はスカートを大切に持つ責務のバトンを、私に譲ったのだと思います。

洋服の行末は洋服自身が決めてくれます。それを、良き道に導く責務は、服の所有者にはありますが、先ほども書きました通りその決定権は、我々所有者にはないはずなのです。良き所有者であったならば、洋服はずっとその人の手元にあるだけで、仮に良き所有者となれないならば、洋服自身が自然と期を見て手元から離れていくだけのことです。その行き先を、良き先にすることだけは我々所有者が責任を持って見守り続けなければいけないなと思います。(守屋)

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非日常でないからこその

VINCENT JALBERT / CAMISOLE LACE SHORT / 130,000+tax

特別なシーンのための服ではない日常のための服ではあるけれど、少し特別感のある憧れの一着を手にした時の話です。そんな服を手にしたとき、人は誰しもそれに分相応であるべく自分の人間味を意識せずにはいられなくなるものですが、それと同時に、手にした喜びや嬉しさ、温かな空気が自分の身体の中に流れてくるような感覚、ふわふわと心だけどこかへ飛んでいってしまいそうな浮遊感をおぼえた経験がある方も少なくないはずです。

そうして手にした憧れの一着を身に纏って初めて出かけるときは、普段の生活の範囲ではあるにしても例えば楽しみにしていた食事の予定がある日であったり、家族と久しぶりに過ごす休日であったり、もしかしたら自分の子供の大切なイベントの日であったりと、ちょっとした思い出に残る出来事が予め設定されている日であることが多いと思います。

そんな、疑う余地なく思い出に残る日のことであったとしても、そのとき何を身に纏っているかということだけでその思い出のリアルな感覚であったり純度や温度というのは変わってくるもので、そのときにふわふわと高揚感をもたらしてくれる特別な一着を着ていたならば、その日の出来事は、その洋服の手触りと共に高い純度を保って長きにわたり自身の心の中に密閉保存されていきます。

そして更に言うならば、それは思い出に残るほどでもない当たり前の日常であった日にも同じ現象をもたらしてくれるもので、ふわふわと高揚感をもたらしてくれる服というのは、何気ないある春の日に、それを身に纏っていた自分とその隣にいた人の温度や姿を合わせて記憶し記録し、特別な思い出の日に仕立てておいてくれるのです。非日常でないからこその、素敵な思い出をきっと届けてくれるはずです。(守屋)

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創造のいれもの

STUDIO KETTLE  / The Fisherman Painted / 19,000+tax

創造とは、目で見たり耳で聞いたり、手や肌で触れる様々な事象や現象と、その当事者の心象とを出会わせることです。そうして生まれた創造物は、その当事者の身体を「いれもの」として熟成されることもあれば、出現したと同時に「いれもの」から外へと飛び出すこともあります。

熟成させるためにはそれに適した「いれもの」がもちろん必要となるわけで、また、勿論のことですが「いれもの」の状態によってその熟成具合は変化します。それはちょうどお酒やチーズが、その置かれる環境や季節によって変化の具合や出来上がる味が変わっていくようなものです。そして熟成には適していない「いれもの」もあり、鮮度のあるうちに外へと表出させた方がいい場合もあります。

STUDIO KETTLE / The Cap Waxed / 15,000+tax

おそらくSTUDIO KETTLEの創造によって生まれたこれらの帽子たちは、上記の熟成の期間を経ることなく、出現したと同時にそのフレッシュさを保ったまま外に飛び出してきたものの例に含まれるであろうと思います。熟成による滑らかな口当たりや奥深い旨味というよりは、フレッシュで爽やかな香りと、ストレートに伝わる素材自体の持ち味を存分に活かしているように感じるからです。

更に言うならば、その創造のために吸収された事象や現象や彼らのうちに起こっている心象は今にしか存在しない物事であり、今の彼らの持つ「いれもの」は今にしか存在しません。そうであるからこその唯一無二性の創造物が、ここにこうして生まれているのです。今後彼らが熟成に適した「いれもの」を得た時には、今の創造によるような鮮度のある味や香りを味わうことは許されないのではないでしょうか。

ただ、その時にはまた今とは全く異なる事象や現象が心象と重なりあって、その時にしか出来ない創造が為されているのだろうと思います。そして、それが最適な「いれもの」の中でじっくりと熟成された時には、またその時にしか味わうことの出来ない唯一無二の創造物が誕生しているのだろうと思います。(守屋)

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捉えることができる

CASEY CASEY / OLI COAT-COT 140 / 140,000+tax

服が服としてそこにあるそのままの姿や、ファッションを楽しもうとする意識の下でファッションツールとして身に纏われる服の姿ではなく、そこにファッション意識の有無にかかわらずそれを誰かの生活の中で身に纏われている時の服の姿というものは、我々のようなファッションを生業とする立場の人間だけが捉えることができる姿ではないでしょうか。

例えばCASEY CASEYの服というのは、今の気分を反映するようなリラクシーなサイジングやシルエット、素材の妙、そして洗いをかけたことで生まれる豊かな表情が魅力なわけですが、それらは均一化された価値尺度に則って述べられる感想であり、ある程度ファッションが好きなおおよその人々にはこの言葉が指し示す洋服の姿を捉えることは難しいことではないはずです。

ただそれを、どんな人が身に纏うべきなのか、それを身に纏った人の生活がどんな様子であるのか、その人の生活のどんなシーンでそれらの服たちが着られているのかという部分に目を向けられる人はほとんどいないでしょう。控えめに言ってもその想像の範囲はあくまで「自分が」という主語の下でのシーンを越えていくことはなかなかないはずです。

そこに存在する服をただ服として捉えるだけでなく、その服の未来の姿やあるべき姿、それが着られるべき人物の生活や「その生活に潜り込んだ服の姿」というものを、我々は捉えることができます。それは数多くの人の生活を見聞きし、そこに見合う服を見繕い、その後その人と共に生活をした洋服の姿を見守ってきた我々だからこそ、捉えることができる姿なのだと思っています。(守屋)

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不自由のなかに表れるセンス

R&D.M.Co- / FLOWER MATELASSE BOLERO / 46,000+tax

大人になればなるほど纏う服というのはオケージョンとの関わりをより強め、それは必然になり、そのチョイスはより高度技術を要しながらもよりセンスを明確に表現するものになります。そしてオケージョンという制約がある上で服を選ぶこと、纏うことの楽しさは以前にも増してより大きなものへと広がっていくように思います。

学生の頃は出かける先も限られており、そしてそれはほとんど全く制約のない場所への外出ばかりで、そのために選ぶ服には自分の単純な「着たい」という気持ちだけを込めてもさして問題はなかったのではないでしょうか。私自身、就職活動でスーツに身を包んだ時が、それまで生きてきた人生のうちで最もオケージョンたるものを意識した場面だったかもしれません。そしてその時、纏うものに自分を表現しきれなかった、いつもと同じ自分でいられなかったと感じた何とも言えない心許なさは強く心に残りました。

しかしながら洋服に関わる仕事をする上でも、歳を重ねてみると仕事関係者との会食の場面があったり、洋服業界以外の業界の方との商談があったり、冠婚葬祭の場に出席する回数も増えたり、自分の「着たい」気持ちだけで纏うものを選ぶことが出来ない場面が増えました。そうしてみて感じたことは、オケージョンに合わせてという制約下だとしてもそこには確かに「自分自身での選択」が必要とされ、そして制約のある中で選ぶことはより自分のセンスを問われるのだということです。

普段の自分のスタイルではない着こなしを要する場面に、普段の自分の洋服をもってしてどのような着こなしをすることで正解を導き出すのかという問題は、きっと経験の浅い時には楽しさを見出せず苦労だけを伴うものと感じていたのでしょう。そしてどう足掻いても不正解しか導き出せなかった自分に対して「こんなはずじゃなかった」という気持ちを正当化するために、それを嫌悪感という感情に置き換えていたのだと思います。

オケージョンという制約下においても自分らしくいられる洋服の着こなしを導き出す方法を、ある程度歳を重ねながら経験によって学び、そこによりセンスが問われることに気づき、だからこそその洋服の選択に楽しさを見出し、そしてそれを自分の想像通りに着こなせた時の楽しさを知り、更に洋服を纏うことの面白さを知りました。そうした道のりの先には、「あんな場面で着こなしてみたいな」という想像をもって買い物をするというまた新しい楽しさを見出す道がつながっています。(守屋)

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ふつうが普通でなくなった今

knitbrary / Two-tones Fisherman Sweater / 90,000+tax

欲しいコートを試着してみて、同行している友達やパートナーに感想を尋ねたとき、「ふつうだよ」と言われたりしたことはありませんか。恋人や家族と食事に出かけて、同じ皿を味わっている時に「ふつうに美味しいね」と感想を述べあったりしたことはありませんか。

私が接客業をしていた時に良く耳にしていたのは「ふつうのニットが欲しいのに探すとないんです」、あるいは「ふつうに使いやすいバッグでおすすめはありますか」といった声でした。「ふつう」とはつまり可もなく不可もなく丁度良い具合である様を表す言葉ですが、今日において「ふつう」が示すニュアンスは肯定的でポジティブな意味合いが強いように思います。

knitbrary / V-neck Cables Sweater / 110,000+tax

とびきり美味しいパスタではなく安心感があって幸福感が得られる「ふつう」に美味しいパスタ。品質が良く見劣りしない、袖を通した人だけが黙って肯いてしまうような満足感があり、そして長持ちするけれど特別目を引くわけではない「ふつう」に素敵なニット。要は何て事のなさを持ち合わせた「良いふつう」を求めているだけのことなのです。

少しのデザインや個性や利便性など思いつく限りの付加価値たるものを付加させようとこぞって社会が動き続けた代償は、どこにでもあったはずの「ふつう」が消えてしまったことなのだと私個人としては感じています。「ふつう」は今日では「ふつう」ではなくなり尊く稀な存在になってしまいました。なんて事のない、「良いふつう」はどこにあるのでしょうか。(守屋)

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「はずす」ための訓練

Le Yucca's / Le Yucca's Sneaker / 148,000+tax

「はずす」「着崩す」「抜け感を出す」など、近年消費されるようになってきた言葉がありますが、ともするとそれらの言葉達は勝手に一人歩きを始めていて、そもそも根元にあったはずである「はずす」ためのルールというものが全く見えていない着こなしを街で散見するようになったと私個人としては感じています。

ファッションにおける「はずす」という言葉は「ルールから外れる、逸脱する」ことを指しているのでしょう。つまりはずすということは、いわばバランスボールの上に真っ直ぐに立ち上がっている状態から、片足を持ち上げて立てるようになるというようなもので、勿論その難易度は上がり、そして卓越した体幹やバランス力が必要になるはずなのです。

ここで言うところの体幹とはつまり着こなしにおける「ルール」に対する理解度のことであり、スーツスタイルの原点的着こなしのルールやアイビールックの原点的着こなしのルールを心得ていることがその体幹の強さに当たります。そしてバランス力とはそこから外れる塩梅を見極める能力のことであり、適度にルールから逸脱するセンスのことです。

Le Yucca's / Suede Ghillie Shoes / 118,000+tax

それだけ洋服や着こなしに対する前提理解や、繊細で熟練した技もしくは先天的な能力が必要であるはずの行為を、その先端だけ掻い摘むことで達成しようとするのは少し横柄で強引で短絡的に過ぎるところがあるのではないでしょうか。着こなしとは本来コミュニケーションツールであり、自分がどんな人間でどんな価値観を持っているのかを一番外側で表現するものであるはずなのだから、そんなに簡単に小手先で完成させてしまっては非常に勿体無いと思わずにはいられないのです。

おそらくこのスニーカーやスエード靴も「はずし」のアイテムとして一役買ってくれることは間違い無いのですが、上記のように短絡的に考えていてはきっと「はずれ」ないままに終わってしまいます。バランスボールに片足で立ち上がって不自由なく読書でも出来るような技を身につけるくらいに、理解を深めて技を磨いた人に是非おすすめしたいと思います。それだけ、Le Yucca'sのシューズは単純なものでは無いということだけをお伝えしたい次第です。(守屋)

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