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新しい夜

denis colomb / HORO BLANKET NOMAD / 140,000+tax

夜の静けさは人々の眠りや街の眠りそのものであり、朝の微かな温かさは、目覚めと共に温度を上げていく人々の体温そのものであるように感じることがあります。そして柔らかな朝の陽光に包まれて私たちはそれぞれの新しい1日を始めます。

まだ子供の元気な声や誰かが通り過ぎる足音が聞こえない静かな朝の時間というのは、空気の揺れ動くようなエネルギーを感じることが少なく、ぴんと糸を張ったような緊張感すら感じることがあります。一方で同じように空を桃色に染める夕日やその時間の空気は、1日を懸命に生きた人々のエネルギーを吸い込んで大きな振動を起こしているように感じます。

その揺れ動く空気を肌で感じながら、私たちはまた来る新しい夜を、迎えます。冬は日が短く長い夜がありますが、そんな冬の夜には夏とは違った「夜の新しさ」や「何かの始まりの夜」の存在に気づかされます。

新しい夜が始まると、私たちは思い思いの音楽を聴きながら物思いに耽ったり、誰かと食卓を囲んだり、会話を楽しんだり、昨日とは違う自分になれるような本を読んだり映画を観たり、泣いたり笑ったりするのです。光に照らされてきらきらと光る空気や、ぼんやりと浮かび上がる星空の美しさが一層際立つ冬がやってきますね。(守屋)

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本能に従い五感を経由して

Phlannèl / Cotton Yak Hoodie / 26,000+tax

人は一生を費やして常に何かを選択し決断し、そして失敗を経験しながら何かを学び続けていて、あるいは自分自身とはつまり選択の連続で形成される存在であるのでしょう。目の前のメニューの中から何を食するかを選択し、歩いて帰るか電車に乗って帰るかを選択し、お風呂に入って右手から洗うのか左の足から洗うのかを選択し、就寝前にスマートフォンを眺めながら明日着る洋服について考えるのか、ハーブティーを飲みながら読書をするのか選択するわけです。

日々は選択の連続で、その選択すべてが今の自分を形成するわけなのですが、最終的に自分の根幹をなすようなものはきっと、自分の本能が赴くままに五感を経由して反射的に選んできたものの蓄積であるように思うのです。「誰かが言っていたから」、「誰かも選択していたから」というような外的要因に依存する選択は、自分で選んでいるように見えて実は選ばされているという状況すら発生させてしまいます。

主観の表現として「なんとなく」という感情は言葉にするととても平易なように感じますが、「なんとなく好き」や「なんとなく気になる」、「なんとなく手に取りたくなる」という自分発信の感情だけ決定だとなり突き動かされる衝動というのは実に曖昧ながらに重要な感覚です。本能的に「なんとなく良い」と感じるものに触れたくなる欲求は自分自身の内側から出る純粋な感情であり、それによって選択したものごとの蓄積は自分の奥深く、とても芯に近い部分を形成するものとなり得ます。

多くの愛用者が、疲れた時に「なんとなく」手に取ってしまいたくなる洋服と表現するのがPhlannèlの洋服の特徴の一つです。誰かが本能的に欲する何かを満たす洋服は、ありそうで意外とないもののように思いますし、その欲求がファッション要素ではない感情に寄与しているのもとても面白いものです。そして「なんとなく」Phlannèlの洋服を手にすることによって、そんな人たち自身やその人たちの生活の根幹というものが形成されていくのでしょう。(守屋)

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影に潜むものに目を向ける

Phlannèl / Wool Cashmere Cable Stitch Cardigan / 34,000+tax
GALLEGO DESPORTES / LONG ANTIK SHIRT STYLE WITH WAVE COLLAR / 34,000+tax

先日更新されたJOURNALでの対談にて、ULTERIOR牧さんから『陰翳礼讃』の言葉を耳にし、久しぶりに書籍を読み返していました。光が届かない影の部分、陰影の部分に美しさを見出した日本人の美意識について語られている本ですが、スポットライトに照らし出された場所ではない、その周囲に潜むものの存在に目を向けるという視点の発見は、内容の本筋とはずれますがとても大きな発見であったことは間違いありません。

スポットライトに照らされて輝くものの存在があるということはすなわち、その照らされる存在を支えている影の立役者の存在が必ずあるということです。あるいは輝くものの周りには輝かずにひっそりと静かに自らの存在を潜めている大多数のものの存在が「標準」という価値を形成しているからこそ成り立つ構造と言えるでしょう。

ファッションの分野に置き換えるのは少々強引に過ぎるようではありますが、スポットライトに照らされるようなブランドの存在があるということは一重にそのブランドを支える優秀な作り手、職人、ビジネスマンなど華々しく披露されるアイテムの影に潜む者の存在があってこそなのです。

そして、スポットライトに照らされ輝くブランドもあればそうではなくその影に潜みながらしっかりとその存在価値を示しているブランドももちろんあり、後者の存在があってこそ前者は存在し得るものであるということを、しっかりと認識する必要があると感じたと同時に、そういった影に潜むものの存在に目を向けられる人でありたいと、自分自身の視点の持ち方を改めて見つめ直すきっかけとなりました。(守屋)

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感情の代替物を生み出す

Phlannèl / Wool Tweed Shawl Collar Gown Coat / 110,000+tax

全てのものごとは見る角度によって実に様々な情報を私たちに与えてくれます。日々積み重なる一日いちにちでさえ、朝に見る街の景色と夜に見るそれとでは全く異なる風景を見せてくれ、朝が印象的だった1日と夜が印象的だった1日ではそれぞれ意味合いの異なる「1日」が私たちの記憶の中に刻み込まれるように思います。

重要なことは、その1日が見せる一瞬一瞬の違う表情をできる限り敏感に感じ取り、様々な表情を見逃さないようにと心を配ることではないでしょか。意識の置き方次第で私たちが見ることの出来る景色は二次元の水彩画のようにもなれば三次元の壮大なパノラマにもなり得るのです。

どんな一瞬が最も素晴らしいかどうかの優劣はもちろんつけることは不可能で、受け取る人それぞれによってその印象の強度というものは異なってくるのだろうと思いますが、そうして感じ取った日々のかけらの表情やニュアンスや空気に沿わせるように洋服を選んでみると、手持ちの服にも今まで感じ得なかったような新しい感情を抱くことができたり、新しい一面を発見することができたりするものであります。

カサカサと擦れる落ち葉の色に心が動いた時、その温かな色彩を自らの装いに取り込みたくなります。あるいは暮れゆく空に太陽の光を吸い込んでその名残をぼんやりと光らせて移ろう雲に目が奪われたならば、奥の方から光を放ち身体や心を温めてくれるようなホームスパンの生地に触れたくなったり。感じたことを何かに置き換えるという行為はとても創造的で感覚的で個人的ではありますが心に栄養を与えてくれるような大切な営みの一つです。(守屋)

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インスピレーションを大切に

SEEALL / Padded Collarless Coat / 65,000+tax

ジョージア・オキーフはその作品の素晴らしさもさることながら、彼女自身の生き方や感性にスポットライトが当てられ、彼女自身についてを語る文脈が多いような気がします。以前にニューヨークでも彼女の作品展ではなく、彼女のワードローブにまつわる展示が開催されていたことも記憶に新しいのではないでしょうか。

2020年という時代においては、女性の社会進出や活躍は全く珍しいことではなくなりつつありますが、ジョージア・オキーフが生きた20世紀初頭においては、一人荒野の中で強く生き抜く女性の姿は珍しかったのではないでしょうか。そんな彼女の姿勢や、オリジナリティの感性に今を生きる女性は強く励まされ憧れを抱き、自身の姿を重ねようとするのかもしれません。

上質な天然素材の衣服を愛していたとされるジョージア・オキーフの着ていたガウンは、ブラックアンドホワイトの洗練されたスタイリングに度々用いられ、とてもモダンな印象を与えます。そんなアイテムを敢えて天然素材を表面に用いないダウンコートというアイテムに置き換えた一着は、彼女の生きる姿勢を現代に蘇らせるかのような大変面白いアプローチです。

その上で、彼女へのリスペクトや天然素材との相性や、近代らしさを適度に削ぎ落とすように生地表面は加工によって自然なシボの表情を見せています。全く新しいというほどセンセーショナルでないからこその、今の私たちや地球に優しく適度に寄り添ってくれる、そんな一着です。(守屋)

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