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小さく目立たぬところに、楽しさを閉じ込めて

Phlannèl / Cotton Silk Komon Maxi Skirt / ¥36,300

かつて人々は、豪華さを以って権力を象徴していました。手近にある木や石を用いて作られた道具たちのプリミティブな姿は、やがて文化を反映させた複雑で絢爛なものへと変化していきました。実用性よりも意匠をこらすことを優先されたとも思われる中国王朝の青銅器や陶磁器には、才ある職人が長い月日を費やしたと思われる文様がこれでもかと、びっしりとその肌を覆っています。

文化を凝縮させたものの持つ凄みは人々を圧倒し、それが富や権力の象徴となったと言われています。プリミティブから複雑へと変化した土地それぞれでの発展を遂げていくのですが、日本において反物はその素材や色、文様によって階級が決定されていた時代もありました。絹を使用することを禁じられた庶民階級の人々は、近づかなければ一見無地ともみえるほどの地味な色でいかに細かな模様を施すかを、制約ある生活における美学として成熟させていきました。

藩の印として生まれた紋柄も幾何学模様や自然から抽出する形を模したものなど様々に生まれていったのだそうです。どこの国にも、自然界から得られるインスピレーションを生活のデザインに落とし込む文化はあるようで、フランスでも、南プロバンス地方の名産であるアーティチョークを小紋柄に落とし込んだテキスタイルなどが生まれていきました。小さく控えめで一見見えないような一つひとつに、その時代を生きた人々の楽しい熱量が込められているのでしょう。(守屋)

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リネンのシャツ

OLDMAN'S TAILOR / DOUBLE POCKET SHIRTS GREEN CHECK / ¥35,200

まだ洋服に興味が湧き始めたばかりの頃は、リネンシャツというのは大人の洋服だと思っていました。少なからず今でもその思いは持ち合わせており、洗い晒しの自然体な表情や、何度も水を通した事による落ち感ととろみの増した風合いは、なかなか若い自分には似合わないものだと思い、どちらかといえば敬遠していたかもしれません。

年齢が伴わないうちに着ようとすると何故だかだらしなく見えたり、大人びるどころか老けて見えたりするものがありますが、それが不思議と、自分自身が年を重ねたときに袖を通してみると、自然なシワ感のあるリネンのシャツやワンピースは上品で穏やかな印象をもたらしてくれたり、着古した素材の風合いはもうひとつの肌のように自分自身になじみます。

真っ白でない、コットンやリネンの素材の色を残した白いシャツやカットソーも同じように、若かった自分にはどうしても着こなすことができなかったはずなのに、いつしかそれを自分の中の余白のように洋服に取り入れることができるようになっていました。それは、年齢を重ねた人の肌の質感、目の色、体格、そして洋服を着続けてきた経験からなる言葉にできないオーラのようなものが、その変化をもたらしているのだろうと思います。

お世辞にも綺麗とは言い難い古着のアイテムをあれもこれもと盛り込んでファッションを楽しんでいた若い時の着こなしは、それはもちろんその時にしか表現できなかった自分であり、その時の自分でしか似合うことがなかった着こなしなのでしょうが、それを経た今だからこそ、リネンのシャツが似合うような自分になれているのかもしれません。そんな、自分の年齢や成長を測るアイテムのひとつが、私にとってはリネンのシャツです。(守屋)

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せっかくだから、という気持ち

elsa esturgie / elipse / ¥39,600

今日と同じ明日は来ないから、今日という日を精一杯に生きよう、精一杯に楽しもうと思うと、食事のひとつひとつ、着るもの、会う人、朝起きる時間もベッドで過ごす時間も少しでも満足いくものやことを選んでいたいとどうしても欲張りな私は考えます。せっかく今日という日を生きる私のエネルギーになるのだから、せっかく私といういきものを作る要素になるのだから、良質なものを、そして美味しいものを食事にとりたいという欲が働きます。

せっかく限られた時間に服を着るのだから、せっかく今日は晴れているのだから、心踊る洋服に、お気に入りの洋服に身を包みたいという欲が働きます。そんな私の時間は限られているので、少しでも自分が会いたい人のために時間を使いたいし、せっかく使った時間はより良いものになるように、全力でその目の前にある仕事や遊びやあるいは“無”に向かい合いたいという熱が自分の内から湧き出てきます。

せっかく1日を全力で生きたし楽しんだのだから、明日の自分もこうであれるように良い睡眠をとりたいし、今日の自分より明日の自分が少しでも大きくなっていられるよう、寝る前の時間に本を読んで少なからずの知識や経験や知恵を取り込もうとする往生際の悪さが1日の終わりに露呈します。そしてそんなことをしているうちにやってくる自然な睡魔によって明日の自分へと、今日の私は向かいます。

せっかくだから自分らしくないものではなくて、心躍る服を着ようとする気持ちとともに、ここに列挙した全てのシーンで、自分の身を包むものというのはその時の自分の気持ちを鼓舞するものでもあります。寝るときに着るパジャマでさえも、その時の自分の心をコントロールする大切な要因の一つです。1日のほとんどの時間を洋服は私たちを包んでいますが、その役割はきっと身を隠したり守ったりするためだけではないはずです。(守屋)

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どこからきてどこへ向かうのか

PHLANNÈL SOL / Summer Smock Gather Dress / ¥35,200

ある一定のレベル以上の日本製ブランドの大半にとって、高品質の素材を用いてものづくりをしているということはもはや当たり前となりつつあります。以前はそれほどまでに品質に拘ることや、それをわざわざ消費者に伝えることが必須ではなく、消費者もそれらの情報よりもまずは見た目の美しさやトレンド感、心躍るか否かのファーストインプレッションに体重をかけてものを見ていたように思います。

形はごくシンプルだからこそ、それをずっと長く愛することが出来るし飽きずに持ち続けることが出来るという、それまでの流れとは異なるものづくりのブランドが誕生した時、そこには「長期間の着用に耐えうる品質」であることが避けることのできないミッションとして同時に立ちはだかったのだと思います。そのミッションをクリアしたからこその、他の追従を許さないクオリティの商品は、ただ消費者に見てもらうだけではその言わんとすることがなかなか伝わりづらかったのでしょう。

ひとたびそうした商品クオリティに関する情報が開示されたならば、消費者はその素晴らしさにもちろん気づき、安価で消化するだけのものにも自然と違和感を覚えるようになり、一定以上のクオリティを求める消費動向が生まれていったように思います。作り手が正しいと思うものづくりを行い、そこから消費者は学び取り、自らの購買行動において正しいと思うものを選び取っていく、というのはごく自然発生的な流れです。

今ではそれが当たり前になってしまったからこそ、真実がなくクオリティを謳うものも決してないとは言えなくなりました。ただ耳触りのいい言葉だけ並べ、目に入りやすい写真を撮り、それがあたかも正しいように見せることは、決して一言で悪だと片付けられませんし、苦し紛れの販売促進活動なのかもしれません。それが街中にたくさんあることを肝に銘じながら、心に刺さった言葉や写真や商品が、本当にどこからきてどこへ向かおうとしているのかということまで、知ろう、学ぼうとすることを私たちは続けなければなりません。それが、自分が応援したいものづくりや好きなブランドを正しく支援する方法です。(守屋)

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